主体的と受動的

こんにちは。

心理セラピスト きくちかなこ です。

今日は職安へ。

予定の時間より早く着いたので、待合場所で本を読んでいました。

すると、、、背後(相談窓口)側から怒号が。。。

何をイライラしているのかわかりませんが、「それでは相談にならんだろうに。相談院の対応が寄り添えてなかったのかな?」と想像しつつ、「色んな人がいるもんやなぁ」と場の空気の悪さを感じていました(^^;

さて、時間となり申請書類を提出し呼ばれるのを待っていました。いつもだと、呼ばれてそのまま相談窓口でお話して、、、となるのですが、今日はいつもと違っていました。

待合側で名前を呼ばれたので「あれ?書類不備でもあったのかしら?」と思って急いで行ってみると、、、

「今日はこれで相談という形になります」と職員の方。

「え?今日の相談終了ってことですか?」と私。

「はい。おつかれさまでした」と職員の方。

「はぁ、どうもありがとうございました」と私。

ちょっと待ったーーーっっ!!!

アカンでしょうに( ゚Д゚) いや、いいけどさ。。。ん?どっちだ?

相談人数が多いというのも要因の一つだと思います。決められた時間内でこなせない、というのも何となく分かりますけどね。

ま、これが実態なのね、と何とも言えない感覚を覚えました。

うーーーん、キャリアコンサルタント養成講座で学んでいることと真逆なんだけど、、、というモヤモヤ感は残ります。

しかし、見方を変えると「受動的な生き方ではいけない」ってことだなと1人納得していました。相談に来た人が「きっと親身に相談に乗ってくれる」でボケーッと待ってるだけではダメで、自分事としてガンガンに踏み込んで行かなければ何も変わらないんだろうな、、、と。

 

そうなんですよね。。。

主体的に生きる

ことを意識して選択していかないと、流れに乗れないどころか、居場所が本当になくなってしまうような気がしています。

時代の過渡期に、これからの時代にどう生きていくのか、を考えると、高度成長期時代のような「ある程度受動的でも満足に生きていける」はこれからは通用しない、会社がある程度満足を与えてくれるという時代ではなくなった、、、というのを、それくらいの人達が感じているんだろうか?と思っています。

自分の人生の満足感を他人が与えてくれると思っていないだろうか?

と思うわけです。

私自身も、他人に評価される・報酬が上がる・周りに認めてもらえる・お客さんに喜んでもらえる、、、などといったことだけで今まで頑張ってきましたが、よくよく考えると「自分はどうなの?」と聞かれると何も答えられなかったなぁという時代もありました。

私がどう感じているのか?何を求めているのか?何をしたいのか?

を大切にするようにしてから、考え方も行動も変わったと思います。

 

もしかしたら、、、最近話題が尽きないスポーツ界の問題も、

会長さんたちも、コーチも、、、本来の目的がどこかのタイミングで入れ替わってしまって、厄介な問題が発生しているのではないかなって思ったりもします。

簡単に言ってしまうと「エゴに負けた」的な。それだけではないと思いますが、結構大きく占めていると思います。権威とか権力とか、そういうヤツですね。

話題になっている方々の本音・本心を聞いてみたいなと思う今日このごろ(建前はもういいので(^_^;))

 

私も小学校から高校までバレーボールをやっていましたが、、、暴力だのパワハラだのって日常茶飯事でした。どんだけ殴られたことか(+_+)さすがにグーパンチはなかったですが、髪の毛引っ張られたり、平手打ち、剣道の竹刀で叩かれる、折り畳みの椅子が飛んでくる、身体をめいっぱい突き飛ばされる、、、とかね。

そういう時代だったんです。

「強くなるためには殴られてナンボ」的な感じ(^^; マヒしてますわぁ、

他にも、高校のとき、教科書を学校に置いて帰ってたのですが(だって重いもん(–;))、翌日、置いていった教科書の束ごと頭の上から落とされて衝撃を受けたのを覚えています。今の時代だと「体罰だ!」と大問題になると思います。首やられますもん(英語の辞書を始め、各教科の教科書を全部置いてったんで)

あの頃の私たち、、、体罰がイヤで教科書を持ち帰る、、、ではなく、置いていく教科書が先生に見つからない方法を考えたり、見つかって取り上げられた教科書をいかに先生に見つからずに職員室から奪取できるか、、、をミッションとしていました(笑) あの頃からたくましかったのです。。。

本当はその時代からもNGな行為であったことには変わりません。それが何の問題視すらされずに、生徒側も問題と思わずに過ごしていたことが問題だと思います。その頃の生徒だった私たちの年代が、今問題になっている監督・コーチ世代ですからね。

本当の目的は「選手が実力を存分に発揮し、目標達成出来るように」をサポートするのが監督・コーチなので、そんな選手を暴力やパワハラでコントロールするのはちと違う。

しかし「選手が勝つことで、自分の指導力が認めらる」という思いがほんの少しでもあると、選手のコントロールに舵が取られてしまうのかな、と思います。

 

なんか話が変わってきちゃったけど。。。

エゴに支配されず、本当の自分がいかに幸せを感じた生き方を選択するか

これからも意識していきたいと思います。

 

投稿者プロフィール

菊地 香奈子
菊地 香奈子
会社員、主婦の皆さまの心のケアに取り組んでいます。共に心の病予防に取り組みましょう!

※菊地 香奈子(きくち かなこ)
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