持たなくてもいい「罪悪感」に振り回されていませんか?

こんにちは。

心理セラピスト きくちかなこ です。

 

今日は、VCA心理学入門コースの第4講「罪悪感」を開催しました。

この「罪悪感」って、結構皆さん大事に抱えていたりします(^^;

 

『自分を悪く思っている気持ち』のことですが、、、いかがでしょう?

 

本当に悪いことしたら、罪悪感を感じるのは普通です。

例えば、「信号無視」「いじめ」「万引き」などなど。。。

この場合は、「ごめんなさい」が必要となる行為ですよね。これで「罪悪感」は持つのが普通。

ホントに悪いことしてますもん(笑)

 

では、、、私も時々やっちゃうのですが、、、

『LINEの返信が遅れた』場合。

(即レスではなく、時々日をまたがっちゃうことも。返信より優先順位が高いものがあるんですもん(・・;))

それでもって、相手からのレスが遅い場合、、、

「あー、怒らせたかも、気を悪くさせたかも」

「嫌われたかもなぁ」

「やっぱり遅かったのかなぁ」

などなど、

自分の行為を振り返り、そしてアレコレ妄想し、悪い方へ考えてしまう。。。そして自分が悪いことをした、と思ってしまう。。。

 

よーく考えてみると、私悪いことしてないじゃん!!

なのに、「罪悪感」にハマっているときは、「自分=悪いことした=罪人」という図式が自動的に出来上がってしまいます。

となると。

 

悪いことした人=罪を償わなければいけない、罰を与えられるべきである

 

となるわけです。

 

どうでしょう?

 

「罰を与えられるべき」っていう状態って、、、どこをどう見ても「幸せ」「自由」などといった言葉とはかけ離れてませんか?

 

仮に!!

”家族が通り魔に襲われて瀕死の重傷” なんてことが起こってしまったとき。

この犯人が捕まって、刑務所に送られました。

この刑務所、熱海の温泉街にあって、毎日温泉に入り、気候も温暖で、ごはんも魚介類が新鮮で美味しい!、、、なんてトコだったとしたらどう感じますか?少なくとも罰を与えているとは言い難いと感じてしまう方が圧倒的に多いと思います。

私達って「罰を与えられる」というのは、とても辛くて苦しくて耐え難い状態、、、というのを望んでしまうと思います。

『罪人は苦しむべき』と、罪人に対して非常に厳しい目を向けると思います。

 

さて。

さきほど、「自分=罪人」と勝手に思い込んでる場合がある、ということを言いました。

 

さぁ!

罪人=苦しむべき

っていう認識です。

 

自分=苦しむべき

 

って、なっちゃいますよね?

自分に罰を与えている、、、ってことになります。

 

実際刑務所に行くわけではありませんが、罪を償うための行為をしてしまいます。

『補償行為』:例えば、パートナーが浮気をしたとき、「悪いなぁ」という気持ちがあるため、妙に優しくなったりする。急に家事を手伝ってみたり。。。

『犠牲』:異動したてで業務がまだ覚えられず周りに迷惑をかけてしまっているため、残業しまくって頑張る。。。

 

”浮気”の補償行為、無意識にやっちゃってると思いますが、女性はそういった変化を非常に敏感にキャッチしますので、お気を付けくださいませ♪

 

ま、”浮気”の補償行為はともかく。

 

心から嬉しい気持ちで行動出来ていないこと、ありませんか?

罪悪感の罰の可能性がありますよ!

 

とにかく!!

「本当に悪いことだったのか?」

と考えてみる。

そして今現在、刑執行中だと気付いたのなら、「自分は無罪!」と許し、無罪放免を勝ち取る!!

 

普段の生活の中で『罪悪感』にはめちゃくちゃハマってると思います。日本の慣習なのかしら?教育のせいなのかしら?色々なものが絡み合って、「自分を責める」ことに美学をおいているのもあるかもしれませんね。

罪悪感を持っていることに気付くたびに、「自分は無罪である」と許し続けてください。

結構、習慣化して意識しないとすぐハマりますので、繰り返し繰り返しの気付きが必要です。

 

「あーーーまた罪悪感持ってたーーー、自分ってダメなヤツだーーー」

ではなく、

「あーーーまた罪悪感持ってたーーー、まいっかーーー(笑)」

まずここからでもいいかも。

 

気付くことが第一歩ですからね(´▽`)

 

投稿者プロフィール

菊地 香奈子
菊地 香奈子
会社員、主婦の皆さまの心のケアに取り組んでいます。共に心の病予防に取り組みましょう!

※菊地 香奈子(きくち かなこ)
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